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ろう者と聴者の間には
聞こえる人にとって理解が難しい障害・・・それは「聾唖」だと思います。
私が手話を学び始めの頃読んで、目からウロコの本がありました。
なかなか本筋を書いている本が少ない中で、この本から本筋を学んだ気がしました。
この本には、聴者とろう者の埋め難い溝「考え方」の違いについて書かれていました。
手話を学ぶ者には必須の本だと思い、気付いた所を要約して載せてみました。(時間があれば本を読んで下さい。)
手話サークルの交流だけであれば気づくこともありませんが、ろう者と深くつきあい、軋轢が生じた場合にはバイブル
となる書です。
※ 古い本ですので、PCやスマホが普及し、聴者より情報豊かなろう者の出現は予想していない時代の本です。
「聾唖の生活」より 白水社刊
・ 言葉や音楽の与えるものはわれわれの感情を純化し、知性を磨き、文化の高い次元へ引き上げてくれる。P3
・ 音のないことは人を孤立させ重大な結果を起こす。また、聴覚は精神発達面にも影響する。文明が拡大すればするほど、
言語活動は個人にとって一層の成長の道具となる。聾唖者の状況を正しく判断するために考慮すべきことは知能と性格
の形成、つまり心身発達の総体である。(P9 内容はまとめてあります)
・ 聾であることが最初の基本的な事実である。唖は結果に過ぎない。
・ 聾の幼児が到達しそうもないことは言語の法則である。健聴児は自発的に模索と漸次の訂正をもって模倣によって、これ
を自分のものにすることができる。
・ 次第に言語活動の要素を模倣し、話し言葉によって思想の変換をすることができるようになる。
・ 耳の聞こえる子供は言語の充分な知識を獲得するや否や洋々たる知識の領域を眼前にする。彼は自分の要求するか、ま
たは、自然に会得するところの説明によって多くの事柄を学ぶ。
・ 聾児が常に直面するのは残酷な拒否であり、それは理由も述べられず、したがって敵意の印象を受けることになる。
・ 聾児には、激怒が頻繁に現れることがしばしば注目されているが、このことは健聴児よりも一層多く、また一層強い欲求不満
を経験することや、理解されようと努力するのにそれが失敗に終るためである。(欲求不満・・・欲求が充足されないで緊張が生じ
情緒不安定となり、異常な適応を起し易くなること。)P45
・ 幼児にとって重要な情緒は安定感である。(安定感・・・子供の基本的要求の一つである。他人から心理的に認められるという安
心感を持つ時には、その子は安定感があるという。)P46
・ 教育的見地においては両親の役割は耳の聞こえる子供の場合よりもはるから重要であろう。
・ 我が国では、今のところ重要な両親のための教育組織はほとんどみられない。
・ 両親が間違った同情心から行っているように一貫して寛大な態度をとることは将来のため全く危険である。
・ 聴覚は実に有益な感覚である。それは多くの警報と情報を与えてくれる。聾者はこれを奪われているので一種の劣等状態にある。
・ 聾唖者には感覚的補償の現象が生ずる。特に視覚の与えるものが一層よく利用される。人の特徴を発見し意味深い身振りによって
それを説明することができる。身振り語の多くの表現は非常に絵画的な特徴を有している。P54
・ 聾唖者は抽象的思考が問題となる時には特にハンディキャップを持つといい得るようである。具体的な面においては、遅滞は確かに
少なくなり、なくなることすらある。
・ 聾唖者の遅滞を語る時には個人差を考慮せねばならぬがそれには理由がある。いろいろの比較やいろいろの数値は平均値に対し
てのみ適用されるからである。
・ 個人差の起きる若干の理由
1) 聾になった年齢
2) 残聴のレベル
3) 環境・・・両親の態度、家族に聾唖者がいるか、言語環境か
・ 聾唖者は平均してその遅滞を完全に回復するには至らない。
・ 聾唖者の遅滞は一般的に言って話し言葉を使用しないため、したがって正常な社会と離れて発育期を持つ結果として精神発達の障
害が性格形成に禍しそれが知能の発達にも影響している。知能の測定には性格的要因は無視できないからである。
・ 聾唖者のパーソナリティの特性としては、情緒性の高いこと、優越性の少ないこと、内向化がいっそうあきらかであることである。環境
に対する適応(環境と調和して一致し得ること)の研究は、適応が健聴児より悪いことを示している。神経症の素質をあきらかにするよ
うに作られた質問紙法は聾唖者においてこの性質が強いことを示している。
発達の角度から考慮するとき遅滞が存在することがわかる。
情緒性 ・・ 情緒感受性のこと、情緒的に敏感になると情緒過多症という。
優越性 ・・ 他人に対する働きかけが一般的に支配的であること。
内向化 ・・ 精神生活の目標が自己の内面に向けられていて、社会的な生活に興味を示さなぬ傾向。
神経症 ・・ 身体的に病因のない精神、神経の機能的障害に基づく精神の疾病。
・ ロールシャッハ法で判明した主な特性は、劣等性感情、性的コンプレックス、計画と秩序の欠如、思考の正確さの欠如と思考の硬さ、
感情的衝動に対する知的支配の欠如。P63
・ ある種の特性は確かに教育そのものの結果であると言える。例えば従順性、被暗示性(移り気)、批判的精神の欠如のごときである。
学校での授業での大部分は聾児にとっては反復と模倣の内に過ぎるのである。例えば話し言葉の学習に当たっても聾児は自分でうま
くいったかどうか判断できかねるので教師の判断にまかせねばならない。このことは聾児の全判的態度(パーソナリティ)を造りあげかね
ないのである。P65
・ 身振語は、文字言語の翻訳ではなくて、事実と観念の直接のまたオリジナルの表現である。
・ 身振語に組織的教育の欠けていることは、身振語の悪化を助ける。
・ 聾唖の教育は16世紀以前には見られなかったことは周知の事実である。それ以前は聾唖者は全体として教育され得ないものと見られ
ていたようである。
・ 教育の発展如何は事実上有能な教師が充分求められるかどうかに懸かっている。教師の養成は過小評価してはならない一つの重要
問題となっている。
・ 聾唖者の教育の基礎原理は今日説明するまでもないことである。その原理は近代聾教育の祖とされるジェローム・カルダンによってす
でによく開拓されている。その考えは「人間の知能が利用する観念が話された言葉、また聴かれる言葉に結ばれているのは習慣に過
ぎないのであり、したがってその観念は直接に視覚を通じて知覚される記号に対しても同様に結びつき得る」ということである。P97
・ 聾唖者の再教育が本当に達成されるのは「口による思考」を、彼等につくってやった時のみである。
・ ろう教育に必要なこと
1) 早期教育
2) 科学技術が提供する諸手段を広く利用する事
3) 教育の本質的な目的である、社会生活への適応を強調すること
なにはともあれ聾唖教育は純粋i「科学的」であることは避けるべきである。具体的な社会生活のいろいろの現実、すなわち社会のいろ
いろの施設を利用しそれらの慣習に従い、それにらの幾つかの危険を避ける手段を生徒に示してやらねばならない。
個人的に強調箇所を水色で表示しました。
「聾唖の生活」より 白水社刊
・ 言葉や音楽の与えるものはわれわれの感情を純化し、知性を磨き、文化の高い次元へ引き上げてくれる。P3
・ 音のないことは人を孤立させ重大な結果を起こす。また、聴覚は精神発達面にも影響する。文明が拡大すればするほど、
言語活動は個人にとって一層の成長の道具となる。聾唖者の状況を正しく判断するために考慮すべきことは知能と性格
の形成、つまり心身発達の総体である。(P9 内容はまとめてあります)
・ 聾であることが最初の基本的な事実である。唖は結果に過ぎない。
・ 聾の幼児が到達しそうもないことは言語の法則である。健聴児は自発的に模索と漸次の訂正をもって模倣によって、これ
を自分のものにすることができる。
・ 次第に言語活動の要素を模倣し、話し言葉によって思想の変換をすることができるようになる。
・ 耳の聞こえる子供は言語の充分な知識を獲得するや否や洋々たる知識の領域を眼前にする。彼は自分の要求するか、ま
たは、自然に会得するところの説明によって多くの事柄を学ぶ。
・ 聾児が常に直面するのは残酷な拒否であり、それは理由も述べられず、したがって敵意の印象を受けることになる。
・ 聾児には、激怒が頻繁に現れることがしばしば注目されているが、このことは健聴児よりも一層多く、また一層強い欲求不満
を経験することや、理解されようと努力するのにそれが失敗に終るためである。(欲求不満・・・欲求が充足されないで緊張が生じ
情緒不安定となり、異常な適応を起し易くなること。)P45
・ 幼児にとって重要な情緒は安定感である。(安定感・・・子供の基本的要求の一つである。他人から心理的に認められるという安
心感を持つ時には、その子は安定感があるという。)P46
・ 教育的見地においては両親の役割は耳の聞こえる子供の場合よりもはるから重要であろう。
・ 我が国では、今のところ重要な両親のための教育組織はほとんどみられない。
・ 両親が間違った同情心から行っているように一貫して寛大な態度をとることは将来のため全く危険である。
・ 聴覚は実に有益な感覚である。それは多くの警報と情報を与えてくれる。聾者はこれを奪われているので一種の劣等状態にある。
・ 聾唖者には感覚的補償の現象が生ずる。特に視覚の与えるものが一層よく利用される。人の特徴を発見し意味深い身振りによって
それを説明することができる。身振り語の多くの表現は非常に絵画的な特徴を有している。P54
・ 聾唖者は抽象的思考が問題となる時には特にハンディキャップを持つといい得るようである。具体的な面においては、遅滞は確かに
少なくなり、なくなることすらある。
・ 聾唖者の遅滞を語る時には個人差を考慮せねばならぬがそれには理由がある。いろいろの比較やいろいろの数値は平均値に対し
てのみ適用されるからである。
・ 個人差の起きる若干の理由
1) 聾になった年齢
2) 残聴のレベル
3) 環境・・・両親の態度、家族に聾唖者がいるか、言語環境か
・ 聾唖者は平均してその遅滞を完全に回復するには至らない。
・ 聾唖者の遅滞は一般的に言って話し言葉を使用しないため、したがって正常な社会と離れて発育期を持つ結果として精神発達の障
害が性格形成に禍しそれが知能の発達にも影響している。知能の測定には性格的要因は無視できないからである。
・ 聾唖者のパーソナリティの特性としては、情緒性の高いこと、優越性の少ないこと、内向化がいっそうあきらかであることである。環境
に対する適応(環境と調和して一致し得ること)の研究は、適応が健聴児より悪いことを示している。神経症の素質をあきらかにするよ
うに作られた質問紙法は聾唖者においてこの性質が強いことを示している。
発達の角度から考慮するとき遅滞が存在することがわかる。
情緒性 ・・ 情緒感受性のこと、情緒的に敏感になると情緒過多症という。
優越性 ・・ 他人に対する働きかけが一般的に支配的であること。
内向化 ・・ 精神生活の目標が自己の内面に向けられていて、社会的な生活に興味を示さなぬ傾向。
神経症 ・・ 身体的に病因のない精神、神経の機能的障害に基づく精神の疾病。
・ ロールシャッハ法で判明した主な特性は、劣等性感情、性的コンプレックス、計画と秩序の欠如、思考の正確さの欠如と思考の硬さ、
感情的衝動に対する知的支配の欠如。P63
・ ある種の特性は確かに教育そのものの結果であると言える。例えば従順性、被暗示性(移り気)、批判的精神の欠如のごときである。
学校での授業での大部分は聾児にとっては反復と模倣の内に過ぎるのである。例えば話し言葉の学習に当たっても聾児は自分でうま
くいったかどうか判断できかねるので教師の判断にまかせねばならない。このことは聾児の全判的態度(パーソナリティ)を造りあげかね
ないのである。P65
・ 身振語は、文字言語の翻訳ではなくて、事実と観念の直接のまたオリジナルの表現である。
・ 身振語に組織的教育の欠けていることは、身振語の悪化を助ける。
・ 聾唖の教育は16世紀以前には見られなかったことは周知の事実である。それ以前は聾唖者は全体として教育され得ないものと見られ
ていたようである。
・ 教育の発展如何は事実上有能な教師が充分求められるかどうかに懸かっている。教師の養成は過小評価してはならない一つの重要
問題となっている。
・ 聾唖者の教育の基礎原理は今日説明するまでもないことである。その原理は近代聾教育の祖とされるジェローム・カルダンによってす
でによく開拓されている。その考えは「人間の知能が利用する観念が話された言葉、また聴かれる言葉に結ばれているのは習慣に過
ぎないのであり、したがってその観念は直接に視覚を通じて知覚される記号に対しても同様に結びつき得る」ということである。P97
・ 聾唖者の再教育が本当に達成されるのは「口による思考」を、彼等につくってやった時のみである。
・ ろう教育に必要なこと
1) 早期教育
2) 科学技術が提供する諸手段を広く利用する事
3) 教育の本質的な目的である、社会生活への適応を強調すること
なにはともあれ聾唖教育は純粋i「科学的」であることは避けるべきである。具体的な社会生活のいろいろの現実、すなわち社会のいろ
いろの施設を利用しそれらの慣習に従い、それにらの幾つかの危険を避ける手段を生徒に示してやらねばならない。